儚くて頼りない存在
「儚くて頼りない存在 」
洗濯物を干す時にちらっとベランダの廃屋と化したツバメの巣を見る度に、今だに胸が痛む。なるべく目にしないようにつとめてはいるのだけど。
昨年の若葉の季節の頃からツバメの巣作りが始まった。あれよあれよというまに、なかなか立派な巣がベランダの軒下にできた。
ヒナも生まれてしばらくの間はとてもにぎやかだった。なにも問題なかった。洗濯物を干しながら、ヒナの鳴き声を聞くのは楽しいものだった。
1週間ほど実家に里帰りして戻ってくると状況は一変していた。まず長男が、ベランダで息絶えている親ツバメを見つけた。
「あ、死んでる!」
そのときもかなりショックだったけど、その時点では、まだ気がつかなかった。親ツバメの死に気をとられていたせいもあると思う。親ツバメは子供たちが丁寧に庭に埋めた。南の国に旅立てなかったことを可哀想に思った。
翌日また、長男が巣の下に落っこちて冷たくなっているヒナを見つけて私に言った。
「子供も死んでた」
それを聞いてハッとしたのだ。そうだ。親鳥が死んだら誰がえさを運ぶのだ?誰も運ばない。ということは、ヒナたちはエサをもらえないわけだ。
残りのヒナも巣の中で全滅していた。
親鳥の近くにヒナも埋めた。改めて、母がいないと生きていけない、はかなくて頼りない存在を思う。
また今年もツバメの季節がやってくる。